電気代を節約しようとしたAさんが、救急搬送された夏の話。
その夏、ニュースは連日「電気代の値上げ」を伝えていた。SNSでも「エアコンは28度が正解」「無理して冷やすのは電気代の無駄」といった声が目立っていた。同じ会社で、同じプロジェクトの締め切り(明日正午)を抱えていたAさんとBさんも、それぞれの形でこの空気を感じ取っていた。
Aさんは先月の電気代の請求書を見て、思わずため息をついていた。「今月はちゃんと節約しよう」。そう決めて、在宅作業の部屋のエアコンを28度に設定した。正直、少し暑いと感じたが、「これくらい我慢しないと」と自分に言い聞かせた。節電は今、社会全体が取り組むべき「正しいこと」のように思えたし、何より請求書の数字を減らせるなら、それに越したことはないと思っていた。
一方Bさんは、同じニュースを見ながらも、少し違う考えを持っていた。Bさんは部屋のエアコンを26度に設定し、扇風機を併用して、自分が一番集中できる環境を整えた。「数百円の節約より、今日中に仕事を終わらせることの方が大事」。そう判断したBさんは、迷いなく作業に取りかかった。
午後になると、二人の差は静かに広がっていった。Bさんは快適な室温の中、コーヒーを片手に予定通り作業を進めていた。一方Aさんは、じわじわと体に重さを感じ始めていた。「集中力が落ちてるな」とは思ったが、「節電のためだから」と、設定温度を変えることはしなかった。エアコンの温度を見るたびに、なぜか「これでいいんだ」という気持ちが勝ってしまっていた。
夕方、Aさんはふと立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺れた。頭痛と吐き気がはっきりと体に重くのしかかってきた。それでも「あと少しで終わる」と、休憩を取らずに作業を続けようとした。
室温が28度を超え、湿度も上昇。汗が蒸発しにくくなり、体内に熱がこもり始めていた。しかし「エアコンをつけている」という安心感が、危機感を遮っていた。
数十分後、Aさんは机にもたれかかったまま、立ち上がれなくなった。慌てた家族が救急車を呼び、病院に搬送された。診断は中等症の熱中症。点滴治療を受け、その日は仕事に戻ることができなかった。締め切りには間に合わず、後日改めて謝罪とスケジュールの再調整をすることになった。
Bさんはその日のうちに作業を終え、いつも通りの時間に仕事を切り上げた。翌朝、Aさんが救急搬送されたと聞いて、最初は「まさか」と驚いたという。
ここで、Aさんが「節約できたはずのお金」と、「実際にかかってしまったお金」を比べてみる。
環境省・省エネルギーセンターの算定をもとにした一般的なシミュレーション
26度設定:約 835円 / 月
28度設定:約 759円 / 月
28度にして節約できた金額:ひと月でわずか 76円
つまりAさんは、ひと月でたった76円を節約しようとした結果、その何百倍ものお金を医療費として支払うことになった。さらに、締め切りに遅れたことによる信頼の損失や、スケジュールの再調整にかかった時間的コストは、数字には表れないが決して小さくない。
※電気代・医療費はいずれも一般的な目安の数値です。実際の金額は使用機器・契約プラン・医療機関・治療内容等により異なります。
Aさんにとっての本当の「敵」は、暑さそのものでも、電気代でもなかった。「28度に設定すれば正しい」という、いつの間にか広まった思い込みだった。
環境省が推奨する「夏の室温28度」は、エアコンの設定温度ではなく、室温の目安。部屋の広さ・日当たり・湿度によっては、設定温度を28度にしても実際の室温がそれ以上になることも珍しくない。
設定温度を1度下げてもかかる電気代の差は、月にしてわずか数十円〜100円程度というケースが多い。「我慢して節約した金額」と「体調を崩した場合のリスク」を比べると、決して見合った我慢とは言えない。
① 暑いと感じたら、我慢せずに設定温度を調整する
② 扇風機・サーキュレーターを併用して体感温度を下げる
③ 「節電」と「体を守ること」をセットで考える
節電は大切な習慣だが、それは「体を守ること」とセットであるべきだ。Aさんの一日は、そのことを物語っている。